亡友の五輪の夢背負い氷上へ…命日は17日
バンクーバー冬季五輪、総勢94人の日本選手団の中に、亡くなった友の面影を背負って晴れの舞台に立つ選手がいる。
スピードスケートの石沢志穂選手(23)は大会前、世界ジュニア選手権に優勝するなど将来を嘱望されながら、交通事故で世を去った境勇也さん(当時18歳)の遺影に手を合わせてきた。境さんの両親も、石沢選手らの滑りにかなわなかった息子の夢を重ねている。
境さんの命日は今月17日。大会期間中にやってくる。
事故は2005年2月、北海道で起こった。当時、釧路北陽高3年の境さんは教員の運転するワゴン車に乗り込み、道内で開かれた大会に向かっていた。ところが、車が国道のトンネルに入ろうとしたところでスリップし、対向車線にはみ出して大型トレーラーと衝突。頭などを強く打って、救急車が駆け付けた時にはもう手遅れだった。
スケート界にショックが広がった。中でも石沢選手(当時、駒大苫小牧高)は悲報を聞いた時、「なぜ?」という思いでぼうぜんとなった。「勇也くん」はとてもおもしろい男の子だった。ジュニア強化選手の合宿や練習で一緒になると、冗談を言い合うなど会話が弾んだ。漫才のような掛け合いに、周りの人まで笑顔になるほど。
その頃、境さんが口癖のように言っていたのが、「バンクーバーに行きたい」。練習中やみんなで食事をしている時、ふとまじめな顔になってつぶやいていた。
それは単なる夢ではなかった。高校2年で出場した世界ジュニア選手権・男子500メートルで優勝。尊敬する長野五輪の金メダリスト・清水宏保さんの母校である日大への進学も決まっていた。
事故の後、石沢選手は実家が近いこともあって、境さん宅をたびたび訪問している。社会人になっても、それは続き、今年の正月明けには仏壇に向かい、「五輪代表に決まったよ」と報告した。
境さんの父、太志さん(44)は「いつまでも息子を思いやってくれることに感謝の気持ちでいっぱいです。バンクーバーでは何位でもいいから、自分の納得するスケートをしてほしい」と話す。今回の五輪スピード代表では、石沢選手のほか、仲の良かった穂積雅子選手(23)、小平奈緒選手(23)も試合で近くに来るたび、訪ねてくれるという。
高校は違っても、みんな同じ年の同級生。太志さんは石沢選手の訪問を受けたとき、穂積、小平選手の分もと、必勝を願う「1」の数字が入ったキーホルダー三つを石沢選手に託した。
「勇也と一緒に戦う気持ちでスタートラインに立つ」と石沢選手が語るように、みんなの思いは一つだ。石沢、穂積選手は3000メートル(日本時間15日)と5000メートル(同25日)。小平選手は500メートル(同17日)などに出場する。
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